1987年春、両親は未知の治療に賭けていました。
なのでひとくんのお姉さんから電話があった時、咄嗟に娘に死を意識させたくない、ひとくんの死を知られる訳にいかない、それしか考えられない状況でした。
この頃、血液疾患で退院していく患者さんは次の治療まで自宅で過ごすという意味で本当の退院ではなく、挨拶を交わしていたのにいつの間にか退院、急に部屋が変わったという聞かされていた患者さんは、自分の身近な範囲では皆亡くなっていたと後々知ることになります。
2月になり、ひろ先生から新しい研修医に変わり後はマンガに描いてある通りこういった形で再び巡り合い、変わらず朗らかなうたえもん先生、(大森うたえもんという芸人似)待合室の温かい雰囲気から地域に愛されるクリニックだと感じました。
ー追記ー
振り返りを書き終えた今、ラジオから「ジェームス ディーンのように」とても懐かしい曲が流れて驚いている最中です。
ひとくんが憧れの俳優。ジェームスディーンのレターセットで手紙を書いていました。